違いはいろいろありますが、主なものをまとめてみました。

教え方の違い

日本の小学校では、担任がすべての科目を教えるのが一般的だと思いますが、パースでは特定の科目(例えば、外国語や音楽、水泳など)はそれ専門の先生が教えて、担任は一般教科だけを教えています。

日本の小学校教育では、広く浅くいろんな教科を勉強して、学ぶというよりは公式のように暗記して覚え、どちらかというと知識を増やすという感じで、自分で考える力や応用力、実践力を身につけるという点が弱いかなと思いますが、パースの小学校では、暗記という作業はほとんどなくて、実際の生活や社会に結びつく基本的なことを学んで、あとはその応用として自分やグループで考えたり実践したりするための課題が与えられて、どちらかというと考える力を伸ばすということを重要視している感じです。

授業時間中、先生が書いたことをノートに書き取るという作業はほとんどなくて、西オーストラリア州の教師たちが執筆したテキストは、テキストというよりはワークブックのような感じになっています。みんな同じ、ではなくて、個性やオリジナリティが評価されるせいか、工作の作品とか絵画を見てもユニークなものが多いです。

あと、できて当たり前という姿勢じゃなくて、小さなことでもいいところは褒めるし、悪いところは叱る、が徹底していると思います。これは学校だけじゃなくて、社会全体がそんな感じです。ぜんぜん知らない人でも、良いことは褒めるし、悪いことは叱ります。そうやって、社会のマナーというか習慣を覚えていっているのかな、と思います。

全校集会

全校集会と聞くと、結構退屈なイメージがしますけど、 パースの全校集会は参加型の集会です。校長先生からの話ももちろんありますけど、ながながと話すことはなくて、要点だけを伝えます。あくまで、主役は子供たち、なんです。

この、定期的に行われる全校集会では、子供たちが毎回楽しみにしているAward(アワード)と呼ばれる賞状が校長先生から(時には最上級生代表から)贈られます。賞状には、例えば、外国語の授業をよく頑張った、とか、みんなを思いやる行動がとてもよい、とか、担任の先生や専門の先生、同級生同士がそれぞれの子供たちの良いところを見つけて、それが賞状として贈られます。もらった子供たちは、ちょっとはにかみながらも本当に嬉しそうです。

そして、毎回、あるクラス(または学年)の発表会もあります。例えば、演劇だったり、チェロやバイオリンのコンサートだったり、外国語の歌をクラスのみんなで合唱したり、いろいろです。学期中に数回あるので、全部の学年に順番がまわってくるようになってます。観客は、子供たちと先生たちの他に、親も毎回たくさん観に来てます。

親が観に来るといっても、日本の授業参観のような堅苦しさはぜんぜんなくて、気軽に見に行けるところがいいところ。自分の子供の出番(子供がAwardをもらうとか、発表会に出るとか)のときには、ビデオカメラをまわしたり、カメラで写真を撮ったりする光景も見られます。国が違っても親は親。やることは同じ、ということでしょうか。笑。

1クラスの定員

日本の小学校の定員は、文部科学省によると1クラス最高40人、平均28人らしいですけど、パースでは低学年の1~3年生までは最高24人まで、中高学年の4年生~7年生までは最高30人までと教育省で決められています。

日本では少子化の影響で1クラスの人数がかなり少なくなってきているらしいので、人数だけ比べるとあまり大差はないように思いますが、パースでは、担任1人に加えて、たいていのクラスでアシスタント教師が1人(時には2人)つくので、教師と児童数の割合的にみるとかなりの少人数制になっていると思います。

外国語教育

西オーストラリアの教育省では、Year 3(8歳前後)から外国語を最低1つ学ぶという規定が結構前からあります。Year 3からと決められてはいますが、多くの小学校では、Pre-Primary(小学校準備クラス)またはYear 1からと早い段階で外国語教育を導入しています。

今教えられている外国語は、フランス語、ドイツ語、イタリア語、インドネシア語、中国語、日本語の6つです。小学校によって教える外国語が違い、ほとんどは1つの外国語を教えていますが、学校によっては高学年から他の言語を学ぶ機会が与えられるところもあります。

週に1~2回、約1時間程度、年間にすると約46時間程度ですが、日本は年間約26時間程度(年間35時間らしいですが、日本の場合は1時間授業は45分単位らしいので、換算すると26時間くらい)なので、それに比べると約2倍の学習量ということになります。

ただ、外国語教育とはいっても、特にリスニングとかスピーキングができるようにならなきゃいけない、とかいうのはぜんぜんなくて、どちらかというと、外国語とか外国文化に慣れ親しむための教育という感じで、ゲームをしたりアニメを見たり、時にはプリント学習などもこなしながら、毎回楽しく学んでいる様子です。

募金や寄付金のためのイベント

どこの学校にもP&Cと呼ばれる保護者の会があります。日本で言う、PTAのような感じでしょうか。 P&Cは、学校の設備や教育環境をよりよくしていくために、寄付金集めのイベントを計画・実行します。公立小学校なのに、どうして寄付金?という感じですが、政府から割り当てられる予算はわずかなので、それだけではカバーできないため、任意募金やイベントなどを開催して、入場料や参加料、露店の売上などを学校設備や教育環境向上のための費用として使います。

イベントには、例えば、放課後の校内スクール・ディスコや、水泳・スポーツカーニバル等、各種イベントでの露店(ケーキやジュース、果物などを担当の保護者やボランティアが用意します)、野外映画上映、ラッフル・チケット(バスケットにテンコ盛りのお菓子やワインなどが抽選で当るという企画)、Funデーなどがあります。私の子供の時には、保護者が得意な料理レシピを寄せ集め、地域の印刷会社の協力を得て、子供たちの写真が載った1冊のレシピブックが完成し、それを学校で販売するというような企画もありました。

その他にも、健康促進のための企画として、アップルスリンキーデー(リンゴを1つ学校に持って行くと、担当の保護者やボランティアがアップルスリンキーの道具を使って、リンゴの芯だけをカットしてくれるというもの)や、フリー・ブレックファースト・デー(無料朝食の日)などがあって、このときもP&Cの保護者会の人たちや、保護者ボランティアが活躍します。

また、学校によっては、放課後や週末などの休日に校内のプールや駐車場、ウィークエンド・マーケットを開くために敷地を有料で解放したりしながら、それらの収益金を学校設備や教育環境向上(例えば、クーラーの設置や、放課後や週末などの休日のプール管理、植樹、図書の本、プレイグラウンドのアップグレード、芝生の管理など)に充てています。 

保護者の送り迎え

パースでは保護者が学校まで送迎えするのが一般的です。毎日、付き添うのは大変な気もしますが、他の子供たちや親の顔と名前が分かるようになるし、親や先生と話をする機会もあります。

例えば、他の親から誕生会に誘われたり、遊びに行く日時を決めたり、世間話をしたりもできるので、交流も深まります。教室には先生がたいていいるので、子供の日常の様子を聞くことができたり、学校のことで確認したいこともその場で聞けたりします。

あと、校舎には、所狭しと飾られた子供たちの作品とかも見れるので、朝の短い時間ではありますが、学校の様子がよく分かるという点ではとても貴重な時間かなと思います。

通学の手段

日本だと学校までは子供が自分で歩いて登校というのが一般的。パースでは、親が車で送迎するか、徒歩で親子一緒に登下校するか、のどちらか。自転車やスクーター(足で地面を蹴りながら乗るやつです)、スケボー、ローラースケートで登校する子供も結構います。10歳以上になれば、1人で自転車や徒歩で登下校する子供もいますが、小学生の間は大半が親と一緒に登下校というケースが多いです。

また時には学校のイベントの一環で、学校まで自転車で行こう!とか、徒歩で行こう!とかいう日もあります。イベントは自由参加ですが、参加者にはP&Cの会(保護者の会)から朝食やジュースが無料で配られることもあります。

服装

日本の公立小学校の場合は私服にランドセルを背負って学校に行きますが、パースの公立小学校では制服を着ます。学校の校章入りの指定ポロシャツにズボンと帽子、低学年の女の子は、スコート(キュロットスカート)やワンピースを着ることもあります。カバンはリュックタイプの軽いカバンです。制服やカバンの色は学校によっても違います。

体育の時間は基本的には制服のままでOKですが、運動用のTシャツも一応あります。ただ、体育祭とかのイベントでのみ着る場合がほとんどなので、特に買わないといけないというようなことはないようです。

日本では、校舎内では上履き、外は下履きという区別がありますが、パースではそのような区別がないので(家の中でも下履きが普通です)、校舎へはそのまま靴で上がります。靴や靴下のタイプや色の指定もないので、履きやすい、動きやすい運動靴やスクールシューズであれば、何でも良いですが、学校によっては、サンダルとか足が覆われていない靴はダメという場合もあります。

学校に持ってきていいものとか良くないもの、身に着けてきて良いものとかダメなものは、各学校の規定によっても多少違いますが、子供の学校では、携帯電話は×、時計はOK、化粧は×、アクセサリーは×(但し、SleepersかStudsのイヤリング、ピアスはOK)だそうです。

学習道具

パースでは教科書というよりは、学校指定のワークブックを使います。加えて、学校指定の文具もあります。日本では、その日に使う教科書は必ずランドセルに入れて持参、そして毎日持ってかえりますが、パースではワークブックも文具も全て学校の教室や自分の引出しに置いておきます。なので、カバンの中はお弁当だけ、という場合がほとんどです。(笑)

文具には全部名前を書いて、机の引き出しや指定の棚に置いておきます。小学校に上がる前の準備学級(Pre-Primary)のときは、購入した文具はクラス全員で使うので、名前の記入は必要ありません。。。と言われて、びっくりしましたが、それを除いては、全学年、自分のものは自分で使うようです。

名前の記入で思い出しましたが、制服にも名前を書くラベルがついています。名前を書いていないと、ジャケットや帽子など学校に忘れてきたり、うっかり誰かが間違って持ってかえってしまったときには、戻ってくる可能性がかなり低いです。。。

ランチ

パースの公立小学校では給食はありません。なので、お弁当を持参するか、学校によってはカンティーン(学食)や売店があるのでそこで朝、予約注文して買ったり、業者のランチオーダーで注文したりします。

ランチはみんなで教室で食べる、というイメージがありますが、学校によっては屋外で昼食を取ることも少なくありません。子供の通っていた学校では、天気の良い日は必ず外で、猛暑や雨、寒い日のみ教室で食べる、と決まっていました。

食べるといえば、ランチの他に、朝のリセス(中休み時間)のモーニングティーがあります。学校によっては売店やカンティーンから飲み物やおやつなどの軽食を買うことが出来ます。また、家から持ってきた果物を食べたり、パックのジュースを飲んだりすることもあります。

子供が通っていた小学校の準備学年クラスでは、毎朝子供たちが家から持参する果物や野菜(ニンジンとかセロリ、キュウリなど)を先生たちが回収して、モーニングティーのときにみんなで分けあって食べるというふうになっていたので、果物だけは忘れてはいけないものの1つでした。笑。

公立小学校の独立化

近年、公立小学校が独立化できる制度が始まりました。独立申請が受理された公立小学校では、学校の資産や予算の管理において校長が責任を持つ割合が増えることになります。

例えば、スタッフの雇用や選定、規定のカリキュラムの範囲内での他カリキュラム採用、オンライン教育学習システム採用とその頻度、年6日間の教師研修日のスケジュール、学校の契約スチューデントサービス員、精神医や教育アシスタント、病理医、福祉員などの雇用、財政報告規定内の会計・財政手順、光熱費の管理、修理やメンテナンスのための契約社員の雇用など、一定の範囲内においてのみ、政府ではなく、学校が管理できるようになります。 

もちろん、学校が管理できる範囲なら何でもやってよいというわけではなく、学校が管理することでどんな影響があったかや、その功績などがきちんとモニターされ、数年単位で見直しが行われることになっています。

学校の開始と終了時間

日本の公立小学校では、地域や学校によって開始時間と終了時間がかなり違うようですが、パースではほとんどが9時ごろに始まって3時ごろに終わります。

日本では学年の始まりには恒例の始業式、そして学年の終わりには終業式がありますが、パースでは卒業式以外は、始業式も終業式も、そして1年生の入学式もありません。なんか、ちょっと拍子抜けしてしまいますが。。。

1年生入学のときは、学校の教室で先生や他の保護者の人たちと挨拶を交わした後は、「はい、開始時間ですので、保護者の方はもう帰ってもいいですよ」と、親は用なしと言わんばかりに追い出されることも。。。

それから、終業式もないので、学校が半日で終わることはまずないですが、最終日はゲームやアクティビティをやることが多いようです。

朝は、ほとんどの学校では8時前に学校に来てはいけないことになっていて、校内に入れるのは8時半くらいからになってます。もし、8時から8時半の間に学校に着いた場合は、校庭にデューティー・ティーチャー(監視当番の教師)がいるので、先生の近くで時間になるまで待機することになっています。

清掃の時間

日本では掃除の時間に子供たちがみんなで教室の掃除をしますが、パースの子供たちの時間割には掃除の時間というのがありません。子供たちがやることは、教室内のモノや本、身の回りの整理整頓だけで、学校の掃除は、専門の業者がやるのが普通です。

たぶん、オーストラリアでは健康と安全管理の法律が厳しいから?かもしれません。安全面から考えて、子供たちがやるべきことではなく、専門家に任せるのが妥当、といったところでしょうか?もし、学校で何かアクシデントが起こった場合には、それこそ、裁判沙汰になっていろいろと大変なことになるから、というのも一理あるかもしれませんね。